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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11766号 判決

原告

田原義且

右訴訟代理人弁護士

水野正晴

右訴訟復代理人弁護士

小山香

被告

東神倉庫株式会社

右代表者代表取締役

加藤潔

右訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

中村幾一

主文

一  被告は原告に対し、金四九万円及びこれに対する昭和五九年八月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和五九年七月以降毎月金四〇万円の金員及び、右金員の支払期である毎月末日から支払済まで右金員に対する年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し、金四九万円及びこれに対する昭和五九年七月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言(第2ないし第4項につき)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和四〇年一二月一三日被告に雇用され、昭和五三年五月二三日には取締役に選任され(昭和五九年六月二〇日任期満了により退任)、従業員たる地位と取締役たる地位を保有していた。

(二)  被告は、昭和五九年六月二一日以降原告を従業員として扱わない。

(三)  昭和五九年七月当時の原告の給与は、月額四〇万円であり、毎月末日が支払日とされていた。

2  仮に、原告が昭和五三年五月二六日被告の取締役に選任された際に、原告が被告を退職したとしても、原告は同日をもって被告に再雇用されたものである。このことは取締役就任前後を通じて原告の職務が経理部長という全く同一のものであったことからも明らかである。

3  被告では、取締役を退任した場合には、退職慰労金を支払う旨の内規があり、これによると原告の場合その月額報酬六〇万円にを乗じた額(基本額)三六五万円に加算金一二〇万円を加えた合計四八五万円がその退職慰労金となる。

ところが、被告は、右退職慰労金につき四三六万円を支払ったのみで、その弁済期である昭和五九年七月一日を経過するも残金四九万円の支払をしない。

4  よって原告は被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認、昭和五九年七月以降毎月末日限り賃金として金四〇万円及び各支払期である毎月末日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、退職慰労金残金四九万円及びこれに対する支払期である昭和五九年七月一日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実のうち、原告が昭和五三年五月二三日以降も従業員たる地位を保有していたとの点は争い、その余は認める。同(二)の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告の職務内容が、取締役就任前後を通じ経理部長であったことは認め、その余は否認する。

3  同3の事実のうち、原告の月額報酬が六〇万円であること、その支払期が昭和五九年七月一日であることは否認し、その余は認める。

原告の月額報酬は五二万円であり、これにを乗じ加算金一二〇万円を加えると四三六万円となるのであって未払分はない。

なお、原告は月額報酬は六〇万円と主張するが、これは年収総額を変更せずに、賞与の一部を上乗せ先取りして従来の月額五二万円を六〇万円としたのであって、月額報酬を六〇万円としたのではない。このことは原告も了解済みである。また、慰労金について確定した支払期日はない。

三  抗弁

1  原被告間の昭和四〇年一二月一三日付雇用契約は、昭和五三年五月二六日原、被告間で合意解約されたものである。このことは次の事実からも明らかである。

(一) 被告には、従業員の地位にあったものが、取締役に選任されたときには従業員の地位を失い退職するという慣行があり、これは原告以前に就任した取締役についてもそのように処理されてきたのである。このことは原告も当然に熟知しているところである。

原告は、取締役就任に当たり、何ら異議を留めることなく受諾しており、右慣行に則り雇用契約は合意解約されたものというべきである。

(二) 被告は、雇用契約終了に伴い、原告に対し昭和五三年六月三〇日、退職金規定に従い退職金として一七二万八六六八円を支給し、原告はこれを受領した。

(三) また、原告は取締役就任に伴い、雇用保険の被保険者からはずれ、企業年金保険を退職を事由として脱退して役員年金保険に切り換えているのである。

(四) しかも、原告が取締役経理部長であった当時の処遇上の実態をみても純然たる従業員である経理部長とは次のとおり異なる。

(1) 給与体系については、従業員の場合、本給のほか各手当があるものの、取締役である経理部長にはその様な細かい内訳は無い。また、従業員については定期昇給があるが、取締役経理部長には定期昇給も無い。

ところで、被告は原告の月額報酬を使用人部分と役員部分とに区別しているが、これは税法上の損金算入の処理のためであって、その報酬が適正なものとして損金算入が認められるか、過大報酬として損金算入を認めない場合の判定資料とするための必要からである。このように使用人部分と役員部分とが分けられていて、それが税務上損金処理が許されるものである以上、これに従うのは当然であり、被告のみならず一般に慣行的に行われているといってもよい。

(2) 次に、発令の形式も、従業員に対しては「……ヲ命ス」という文言を用いているが、取締役に対しては「……ヲ委嘱ス」と使い分けているところ、原告は取締役会によって経理部長の職務を委嘱されたものである。

(3) また、原告については、取締役就任後には、タイムカードによる勤怠管理もなされず、勤怠時間の拘束もなかったのである。原告は会社経営者の一員である取締役であって、管理されているとはいえない。

(4) なお、原告は、取締役の地位を前提として役員会に出席している。役員会では従業員一般に関する重大な利害事項も議事となり得るので、従業員としての地位を有するとすれば、原告は微妙な立場に立たされることになるのである。

2  仮に、右昭和五三年五月二六日付合意解約が認められないとしても、原告が昭和五九年六月二〇日取締役を退任した際、昭和四〇年一二月一三日付雇用契約を原被告間で合意解約したものである。

このことは、原告が被告取締役退任後被告に対し失業保険受給のため被保険者資格の取得、資格喪失の手続、離職票の発行を要請し、失業保険金一六〇万八〇〇円を受給していることからも明らかである。

3  再雇用について

原告は、取締役就任によって従前の従業員の地位を前提とする経理部長の職務も当然に喪失したが、経理部長の職は取締役の地位を前提としてその委任契約の一内容として経理部長という職務を新たに創設的に委嘱したものである。したがって取締役経理部長とは取締役が経理部長という職務上の地位を有するのみであって、従業員の身分を有する訳ではないのである。

したがって被告が原告を再雇用したことはない。

4  退職慰労金について

(一) 原告は昭和五九年六月二〇日取締役を退任し、再任されなかったのは次の理由による。すなわち、

昭和五九年二月八日、原告が取締役経理部長であったとき、東京国税局第二部の税務調査が行われた。その中で、被告の下請会社である京和興業株式会社(以下、「京和興業」という。)が被告に輸送代金の水増請求をしている事実が判明し、同時に原告が右会社から被告に無断で昭和五一年から同五九年一月までの間毎月三万円の給与を受領していることも判明し、その点も厳しく指摘された。当時、原告が被告の取締役経理部長という要職にあったことから、税務当局は会社ぐるみの事業所得過少申告事件との強い疑念を持つに至り、徹底した、本格的税務調査が始まろうとしたことがあった。しかし、被告は右いずれの事実にも関与しないところであり、原告の右金員受領など思いもよらぬことであった。そこで、被告は原告を調査した結果、原告は右会社から金融機関等の交渉等の相談を持ちかけられていて、そのコンサルタント料として受け取っていた旨申し出たため、会社ぐるみの不正事件であるとの疑いを払うことができた。このように、被告に対する国税当局の疑いは晴れたものの、被告にとっては、取締役たる者が下請企業から定期的に報酬を受けていたという事実は取締役としての職務の公正さ、被告に対する忠実義務を失わせるばかりか、右のとおり国税局からあらぬ疑いをかけられることにもなったのであるし、ひいては被告自体の信用すら落しかねないおそれもあったのである。

こうしたことから、被告内部には原告に対する責任追及の声もあったが、原告の再出発を考え円満退任者として扱うことにしたのである。

(二) ところで、被告の慰労金支給基準によると、功労金は退任慰労金の五割を限度としている。しかも、功労金は慣行的に夏賞与分が支給されるにすぎず、五割までの支給は例がない。しかも取締役会は右の範囲内で裁量を有していたのであるから、在任中の功績が考慮されることもいうまでもない。とすれば、原告退任の直接的理由である右コンサルタント料受給の経緯はマイナスに評価されることは言うまでもなく、この点からすれば、原告が受領した退職慰労金四三六万円のうち本来の退職慰労金部分が三六五万円であったとしても、支給額との差額七一万円が功労金ということになるところ、功労金を同額とすることは(一)の事情を考慮すれば取締役会の裁量権の範囲を逸脱していないこと明らかである。

(三) 原告は、自己の受け取る慰労金の額を知り得る立場にあったにもかかわらず、受領にあたり何ら異議を申し立てなかった。

(四) しかも、被告は原告のために失業保険給付資格取得の手続をなし、失業保険金の取得を可能にして、被告としては原告に対し、最大限の援助をしていたのである。

(五) 以上の事実及び本件について不足額の請求を為したのは提訴後一年を経過していることからすれば、原告の退職慰労金不足額の請求は信義に反するものであって、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  認否

(一) 抗弁1の事実のうち、原告が一七二万八六六八円の支給を受けたこと、原告の月額報酬が使用人部分と役員部分とに分れていること、原告が役員会に出席していたことは認め、その余は争う。

右一七二万八六六八円は退職金相当額として受領したものである。このような扱いは、退職金計算の困難さと会計上の便宜からなされるのである。すなわち、被告では使用人兼取締役になると報酬が従業員部分と役員部分に分れて支給されるうえ、退職金支給の基礎となる基準賃金(本給)が報酬中の従業員部分の一部に組み入れられてしまうので、退職時の退職金計算が困難となるためである。また従業員が兼務役員に昇格した場合過去の勤務に対する退職金の支払は税法上会社に対する経費としての損金処理が認められず、他方退職給与引当金の繰入限度額が税法上年次減少傾向にあるため退職金負債の軽減を目的にできるだけ先払いを望むことになるのである。したがって、従業員が兼務役員になるときに、退職金相当額ないし将来の退職金の事前払いとして支給されることになるのである。

(二) 同2の事実のうち、原告が失業保険金一六〇万八〇〇円を受給したことは認め、その余は争う。

(三) 同3は争う。

(四) 同4の事実のうち、原告がコンサルタント料を京和興業から受領していたことは認め、その余は争う。

このコンサルタント料は正当な報酬であり、何ら取締役の忠実、義務等に違反するものではない。

2  原告の反論

原告は昭和五三年五月に被告の取締役に就任したが、これは従業員の身分を保持したままの状態で就任したのであり、その後の労働実態も、使用従属関係にあるものといえるのであるから、なお原告と被告との間には労働契約関係が存在するというべきである。このことは次の事実からも明らかである。

(一) 原告は被告に対し、退職届等退職する場合の手続をしていない。

(二) 原告が取締役に就任する際、従業員としての地位処遇について被告から何らの説明もなく、また取締役就任について被告から何ら内示、内諾の手続きはなかった。

(三) 原告の仕事は、取締役就任前と就任後とに変化がなく、経理部長として同じ仕事をし、取締役就任後も上司の指揮命令を受け、また被告の出勤状況を管理していた。

(四) 原告は取締役会に出席するも、単に議事に参加するにすぎなかった。

(五) 取締役就任後の原告の報酬は従業員部分と役員部分とに分けて支給され、しかも従業員部分は従業員の専属部長の給与に近いところに設定されていた。

なお、被告は右のような区分を設けたのは税法上損金扱いにするためであると主張するが、税法上そのような扱いをするためには、実体法上もそのものに従業員としての地位があることを前提にしているのであって、原告に従業員としての地位があるからこそ、そのような扱いをしたものといえるのである。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一(一)  原告が昭和四〇年一二月一三日被告に雇用されたことは当事者間に争いがない。

(二)  被告は、右雇用契約は原告との間で昭和五三年五月二三日合意解約した旨主張するのでこの点について判断する。

(証拠略)、原告及び被告代表者の各本人尋問の結果(被告代表者本人尋問の結果中、次の認定に反する部分は除く)によれば、原告は昭和四九年一一月に経理部長になり、その後昭和五三年五月二三日には取締役に就任したこと、被告では、同年六月一五日ころ原告の取締役就任を理由に退職金を支給することについて稟議し、昭和五三年五月二三日を退職日として退職金規定に基づいて算出した退職金一七二万八六六八万円を支給することとし、原告に対し昭和五三年六月三〇日退職金名目にて同額が支払われたこと(原告が昭和五三年五月二三日被告の取締役に就任したこと、原告が一七二万八六六八円を受領したことは当事者間に争いがない。)、被告では、従来から従業員が取締役に就任した際には、退職金規定に従って計算された金員を退職金として支給していること、原告が従業員として加入していた雇用保険の被保険者資格や企業年金における適格年金については、役員就任に伴い資格喪失、脱退等の手続が採られ、かえって原告は役員年金保険に加入していること、しかし、退職届を提出するといった手続は採られていないこと、原告の職務は、取締役就任後も経理部長としての職務を行っていたが、タイムカードの打刻による勤務時間の管理はなくなり、人事考課や勤怠管理を受けることはなくなったこと、役員会を構成するようになったこと、給与については、役員には月額報酬として支給され、使用人分と役員分の区別があるほか(このことは当事者間に争いがない)、従業員のように本給、各手当といった区別はなく、また役員については従業員と異なり定期昇給といった扱いもないことが認められる。これらの事実によると、原告は退職届を提出するといった手続は採っていないものの、正規の退職金額を退職金名目にて受領しており、退職金が一般に退職を前提として受領するものであってみれば、原告としても退職を前提として受領したものといえ、原告に退職の意思が認められること、及び右の如き保険脱退の事実、人事管理上の差異、給与体系との差異等を考慮すれば、原告は被告の取締役に就任した昭和五三年五月二三日をもって退職する旨を同日原被告間で合意したものと認められる。

ところで原告は、原告の取締役就任後の報酬が使用人分と役員分とに区分されていること、職務内容の同一性等から取締役就任後もなお従業員としての地位を保有している旨主張するので検討するに、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、被告では従業員から取締役に就任し、職制上部長職にあるものについては、その報酬につき使用人分と役員分とに区分して表示していることが認められ、原告の職務が取締役就任の前後を通じて同じく経理部長としての職務であって何ら変りはないことは当事者間に争いがない。そこでまず右報酬に区分がある点についてみるに、役員の中で職制上部長、課長等といった使用人としての職務を行う者については、現に使用人と同様の職務を行っていることから、税法上は純然たる使用人に対する給与と同様に会計処理上損金として算入することを認めているにすぎないのであって、かような処理は税法上のものであって役員報酬中に使用人分があることが実体法上の雇用関係を当然に予定しているものとはいえない。したがって右の如き区分の存在をもって前記認定を覆えすものとはいえない。次に、職務内容が同一であることについてみるに、原告は取締役就任前後を通じて、職制上部長職にあり、担当は経理であってその間に変化はなく職務内容、職制上の指揮命令関係に相違はないものといえるが、しかし他方前認定の如く原告は人事考課、勤怠管理を基本的に受けない地位にあることからすれば、原告が、雇用契約に認められるような使用従属関係にあったものとは認め難く、右事実をもって前記認定を覆すに足りない。なお、被告が過去において取締役就任後一年くらい経過した後に退職金を支払った事例があったとしても、右事実をもって直ちに退職金の支払が単に形式的なものであるということはできず、前記認定を覆すに足りない。

以上のとおりであるから、原、被告間の昭和四〇年一二月一三日付雇用契約は昭和五三年五月二六日をもって合意解約されたものと認められる。

二  原告は、原告の取締役就任後の職務内容がその以前と同一であることを理由に、原告は昭和五三年五月二六日被告に再雇用された旨主張するのでこの点について検討するに、原告の職制上の地位、職務内容が取締役就任前後を通じて同一ではあるものの、取締役就任後は原告と被告間に使用従属関係が認められないこと前示のとおりであって、いまだ原、被告間に再雇用契約があったものとはいえず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

三  以上のとおりであるから、原告の雇用契約を前提とする賃金請求に関する主張も、その余について判断するまでもなく理由がない。

四  退職慰労金請求について

(一)  原告は、退職慰労金について四九万円の未払がある旨主張するのでこの点について判断する。

(証拠略)、被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

(1)  被告は従前取締役が退任した場合に当該取締役に対し、退職慰労金を支払っており、その額は、役員退任慰労金支給基準に基づいて算出されていた。同支給基準によれば、取締役在任一年につき退任時月額報酬の一か月分とし、在任中功労が顕著であった取締役については退職慰労金額の五割を限度として付加支給する旨定められていた。また、付加支給については、従前、退任前一年分の賞与相当額を目安として功労金名目で支給していた。

(2)  原告は、昭和五三年五月二三日に取締役に就任し、昭和五九年六月二〇日に任期満了により取締役を退任するまでの間取締役として在任していた(この事実は当事者間に争いがない。)。

(3)  原告が昭和五九年六月二〇日開催の被告株主総会において取締役として再任されなかったのは、次の事由による。すなわち、同年二月八日国税局の税務調査が行われ、その中で被告の下請会社である京和興業が被告に輸送代金の水増請求をしている事実が判明し、更に原告が右会社から月額二ないし三万円のコンサルタント料を受領していたことも判明した。原告が当時被告の取締役経理部長という職にあったことから、税務当局は会社ぐるみの不正事件との疑念を持つに至った。その後の調査で会社ぐるみの不正事件であるとの疑いは晴れたものの、被告としては原告の右コンサルタント料受領は下請会社との癒着を示すものであって、このような関係は厳に正す必要があり、またかような疑念を抱かせた原告には経理関係の仕事を委ねられないと判断したのである。そして被告は同年三月終ころからは原告を経理関係の仕事からはずす措置を採ったのである。

(4)  原告の月額報酬は従前五二万円であったが、昭和五八年ころ月額六〇万円と増額された。これは、被告取締役の年収額増加の要望に対し親会社である三井物産株式会社がこれを承諾しなかったため、賞与の一部を月額報酬に上積みした結果であった。

(5)  被告は、昭和五九年六月二〇日開催の株主総会において、原告を再任しないとともに、原告の退職慰労金については、その額、支払時期、支払方法について取締役会に一任した。

取締役会では、原告に右コンサルタント料受領といった事由があるものの、原告の将来を考慮して円満退任の措置を採ることとし、月額報酬については右経過から賞与先取分を除いた五二万円を基準として支給率を乗じた額として三一六万円を慰労金とし、これに付加支給として原告が在任していたならば得られたであろう夏の賞与分一二〇万円を加算し、合計四三六万円を原告に支給した。なお右一二〇万円については通常功労金とすべきところ、原告には右コンサルタント料受領問題があったため、加算金と表示された。

なお、右支給基準は原告が原案を作成したものであるところ、原告は右退職慰労金三六四万円の受領の際には何ら異議を留めなかった。

以上の事実を基礎に検討する。

被告の退職慰労金の右支給基準によれば、退職慰労金は在職年数によって慰労金が算出される慰労金部分と功労によって付加支給される部分があることからすれば、このような退職慰労金は業務執行に対する対価として後払的性質を有するものといえるので、原告は被告に対し右支給基準に基づく退職慰労金請求権を有するものと解される。

そこで、右支給基準に基づいて退職慰労金を算定するに、その基礎となる月額報酬につき原告は月額報酬は六〇万円である旨主張し、被告は五二万円である旨主張するのでこの点についてまず検討する。右認定のとおり、昭和五九年六月当時支給していた月額六〇万円は、賞与を先取りし、従前の月額報酬五二万円を増額したものであるところ、月額報酬の増額を、賞与分を月額報酬分に含ませて支給する方法によって行うものであっても、各月において支給される額をもって月額報酬というべきであり、原告の昭和五九年六月当時の月額報酬は六〇万円と認められる。したがって原告の受くべき退職慰労金額は月額報酬六〇万円にその在任年数に応じた支給率(この数値を支給率とすることについて当事者間に争いがない。)を乗じた三六五万円に加算金一二〇万円を加算するとその額は四八五万円となる。しかるに、被告は右のうち四三六万円しか支給しないのであるから、その差額四九万円が未払となる。

ところで、被告は、右退職慰労金の額をいくらにするかについて取締役会は裁量権を有し、しかも被告が支給した額との右差額程度はその裁量の範囲内である旨主張するが、右認定のとおり、被告は原告を円満退任の際の退職慰労金を支払う意思であったところ、月額報酬の額を右のとおり五二万円とした結果にすぎないこと、支給基準自体からすれば、付加支給分についてはその裁量の範囲が比較的広いとしても慰労金部分についてはその余地が少ないこと、このことに退職慰労金の対価的性質を考慮すると、右四九万円を減額することが裁量の範囲内にあるものということはできない。

(二)  次に被告は、原告が退職慰労金の未払分四九万円の支払を求めることは権利の濫用にあたる旨主張するが、右四九万円を減額することが被告の裁量の範囲内にあるとはいえないこと前示のとおりであり、また、原告がコンサルタント料を受領していた点については前示のとおり、被告取締役会で検討の上で減額の要因とせず円満退任として処理することに決定したことからすれば、原告のコンサルタント料受領の事実があったからといって右請求が権利の濫用ということはできず、また、退職慰労金の受領にあたって、原告が異議を述べず、更には被告主張の如く原告が失業保険金を受けることについて被告が協力したといった事情があり、右未払分の請求が本件訴訟提起後一年を経過した後であるという事情があったとしても、いまだこれらの事実をもって原告の未払分請求が権利の濫用にあたるとはいえない。

したがって被告の右主張は理由がない。

(三)  以上のとおり、原告は被告に対し、退職慰労金残金四九万円の支払請求権を有している。

ところで、原告は退職慰労金の支払期日は昭和五九年七月一日である旨主張するが、前示のとおり支払時期は取締役会に一任されており、被告が退職慰労金として四三六万円を支払った日が昭和五九年八月二四日であることからすれば、その支払期日は昭和五九年八月二四日と解するのが相当である。

五  よって、原告の本訴請求は、退職慰労金残金四九万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五九年八月二五日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 遠山廣直)

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